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保護者

小学校の役員決め方法!トラブルで大変だった仕事内容30人の声

小学校の役員決め方法!トラブルで大変だった仕事内容30人の声

 

小学生や中学生の子供を持つママ(パパ)にとって、新学期に気がかりなことの一つに学校のPTA役員決めがありますよね。

 

今回は特に小学校のPTA役員、クラス役員決めがどんな方法で行われているのか?

また、実際にトラブルがあって大変だったという役員別の仕事内容を、30名の方に教えていただきました。

 

「役員どれにしようかな?」

「私も役員したけど大変だった!これってよくあるの?」

という時に参考になるエピソードが沢山ありましたよ!

 




 

小学校の役員決めの方法は?

 

今回調査した30名の方の小学校では、このような役員決め方法をされていました。

 

役員決め方法30名に調査
一人一役10名
クジやじゃんけん8名
立候補制8名
役員決めの場にいた人3名
推薦1名

*30名すべて公立の小学校

 

一人一役が一番多いですね。この決め方が一番不公平がないので納得できますよね。

次のクジやじゃんけんという方法も、勝敗にかかっていますが、負けて役員になっても諦めがつきます^^;笑

「役員決めの場にいた人で決められる」と「推薦」という方法は・・・仕方なく役員を引き受けることになる悲劇を生みそうです…

 

 

 

小学校のPTA役員決めのトラブル【広報委員】

 

役員トラブル(仕事内容)
広報人前に出て話すのは嫌だし、朝早くの奉仕作業の役員も辛いという理由で広報委員会を選びました。年に3回、学校のPTAで発行する広報誌を作る仕事をするのが広報委員会です。他校のママ友の話だと、学校によって広報委員会の仕事量は随分と差があるようです。うちの子の学校は比較的楽な方だったとおもいます。広報誌の発行の2ヶ月前に2回集まるだけです。夕方7時に視聴覚室に集合して、まず紙面の内容について審議します。審議、というと面倒臭いイメージかと思いますが、前年の物を参考に児童や先生への原稿依頼について決めて、依頼の文書を封筒に入れるだけです。紙面のレイアウトもこの時決めます。そしてそれから2週間後に再び集まり児童たちから集まった原稿の誤字脱字チェックをします。赤いボールペンを使うので、ちょっと編集の仕事をしている気分になれます。そこで間違いがなければ担当の先生に提出するのです。私の場合、主人の帰りも遅い日もあったのでそのような時は子供たちを留守番させながら作業に出ていました。そういう意味でも、入学直後のお母さんが役員するには家族のサポートがないと無理だと思います。それと、仕切りたがりの経験者のお母さんには絶対逆らってはいけません。意見して、無視されるようになってしまったお母さんもいました。
広報学校のPTA新聞を作る委員でした。パソコン作業、写真撮影など自分の苦手なことばかりの仕事内容でした。運動会や学芸会など学校のイベント時にはみんなで交代で写真撮影をしたりして、その一年間は子どもの学校行事を落ち着いて見れませんでした。写真撮影が終わると誌面のレイアウトを考えたり文章を作ったり忙しかったです。仕事をしていたのて、自宅でできる作業は極力家でしました。でも全員での打ち合わせもあり、仕事を休んで行くこともあり大変でした。苦労してPTA新聞を作ったところで楽しみにしているひとが何人いるのだろうかとむなしくなりました。印刷会社との打ち合わせもあり結構な金額を払っていたので発行を減らしてもいいのではないかと思います。小さい乳児連れの方はあまり参加しておらず周りもそれを認めていたので仕事を休んでまで参加して不公平だと感じていましたが子どものために耐えました。PTAは大事な仕事だとは思いますが、減らしていい仕事もたくさんあると思います。特に委員長になった方はみんなに連絡したりして大変そうでした。参加してるのは、うちも含めて母親ばかりてわ父親はおらず、母親の負担ばかり増えるPTAどうにかしてほしいものです。
広報私は子供2人なので計2回広報部を経験しました。年2回の広報誌の発行が主な仕事。文章を書いたりレイアウトしたり楽しそう!と思ったのですが、現実はそう甘くない…記事をまとめるのも、子供の写真を選ぶのも気を使うものです。各学年2名づつ担当したのですが、せっかく作るんだからみんなが楽しいと思ってくれる内容にしたいですよね。また、我が子の写真が載ってない!なんてショックな事は避けたいですし。そんな訳で想像以上に神経をすり減らしたのを覚えています。特に2度目の役員の時は他に広報部経験者がいなかった為、5年生の役員にもかかわらず中枢を担うことになり、私の記憶が頼り…なんて悲惨な状態に陥ってしまいました。おかげで全体のレイアウトまで手がけなくてはならず、先生とのやりとりや各学年の記事回収などなど、思った以上に時間をとられてしまい大変でした。唯一楽しかったのは、運動会の写真係です。係のタグを付けているので、子供たちが競技をしている近くで撮影をする事ができました。さすがに我が子をピンポイントでとはいきませんが、色々な写真を撮れるのは楽しいものです。慌ただしく過ぎ去った一年でしたが、部の集まりは年3回ほど。お茶菓子と供に和気藹々と行い、いい経験にはなりました。
広報小学校は地域と密接に関係しているので、中学や高校より地域の行事や会議に参加したり関わったりすることことが多い。子どもが小学生だとその子の兄弟も小さいことが多く、会議や行事に参加することが苦痛で困難だった。働いてる人が多かったので夜に会合があり、子どもを連れて参加することも、仕事を早く終えて参加することも、自分たちの時間が削られることも、大変で苦痛だった。役員決めは立候補者が例年いないのでくじで決めていたが、自分の役の相手や仲間に全然参加しない人がいることもよくあり、仕事量が多くなったり不公平に思った。役員メンバーは単年度で総入れ替えのため仕事の流れを理解している人が少なく、引継ぎで渡される分厚い過去の資料や議事録を読んでその時々に乗り切るという感じだったので、毎年同じことの繰り返しで改善改良されることなく引き継がれていた。広報で年数回発行する冊子があるのだが、近隣の学校は印刷屋さんが印刷する数枚のペーパーを出していたが、私がいた学校は結構な頁数のある冊子を作製するのに、学校の印刷機で家庭、教員、地域に配布する枚数印刷して、手で紙を半分に折り、頁を重ねて、大きなホッチキスで留めるという作業を夜な夜なしなければならなかった。やたらPTA活動に情熱を持ち、情報や経験が豊富な人がいる年は、意見や質問、だめだしなど言われて、運営に支障を感じることもあった。
広報広報役員を1年間務めましたが、正直そこまで大変と感じた事はありませんでした。強いて言えば、広報誌発行にあわせて数回広報の集まりがあるのですが、仕事の方もいる為集合時間が夜の7時~で、子供を預ける手配と晩ご飯の準備を済ませてから行かないといけないので、その点が少し面倒でした。出来たらもう少し早い時間帯で出来たら有難いのですが、出席率の事を考えるとしょうがない事なのかなと。活動内容は広報誌に載せる写真撮影と、その写真と一緒に掲載するコメントの作成なのですが、決して1人でひとつの行事を受け持つ訳ではなく、2人位で担当したので負担は無かったです。行事の写真撮影は、広報と書いてある腕章を付けて参加するので、まわりの父兄の方を気にする事無く、子供達の近くまで行き、臨場感のある写真を撮る事が出来ました。撮影は自分のデジカメやスマホで行うので、もし撮影データの中に我が子が写っていたら、そのままいただけますしそれがありがたかったです。コメントは前年度の広報誌を参考にしつつ、文章を考えられるので難しくは無かったです。写真とコメントが揃ったら、広報のグループLINEがあったので、そこに送って終了と言う形でした。
広報仕事をしているお母さんのことなど全く配慮されず、行事があるごとにカメラをもって学校に行き、その行事の感想などをレポートさせられ、記事を書かされるのが大変でした。毎回きちんと行事ごとに有給を使い、広報の仕事をこなしているにも関わらず、広報でありながら仕事の都合がつかないとのことで参加しない方もいらっしゃいました。わざわざ休みがとれるよう調整し、時間を作って広報の仕事をしているこちらが大変みじめになりました。そもそも立候補で広報や、ほかの役員をきめいているのだから、仕事の都合がつかないというのは、広報の仕事を休んでいい理由にならない気がしました。広報の中でも役割があり、出版社に勤めていた方が優先的に編集長的な役割をしてくださっていたので、広報の中でも負担の多い方と少ない方の差があるように感じました。また、PTAの役員にもなると、保護者会の前日と当日の2日間、ずっと学校にいて作業をする必要があり、こんなにやっても何も得るものがないならやらなければよかったと話す人がほとんどです。子供の為とはいえ、何もないのは苦痛でしかなかったです。ただ、その中で、お母さん同士仲良くなることができるのが唯一の救いです。
広報毎週のように学校に行っていた。写真を撮ったり、新聞を作成するためにみんなで考えた。担当を決めて、役割を分ければ、こんなに集まらなくてもよかったと思う。決まって、話が脱線して、なかなか作業が進まなかった。知らない誰かの話題を聞いても、なんとも言い難かったし…。他の役員さんたちは、いつも集まるのが楽しそうだったけれど下の子供をいつも連れていく私にとっては、苦痛以外の何物でもなかった。下の子供も飽きてしまうのか、お絵かきなどをしていても、そのうちうろちょろするので、気分は最悪でした。まだ、作業自体が楽しくて、やりがいがあるものだったら、いいのですが、それほど楽しくありませんでした。写真など、構成を決めるのは、いつも決まった人ですし、私が何か言ったとしても採用されないと思いました。どうぞ勝手に決めてくださいと、心の中は、地獄のようでした。そのうち、私は体調を崩してしまいました。迷惑をかけてしまい、休むことになりました。きっと疲れとストレスからだと思います。仕事をしていませんでしたが、仕事のせいにして、休んでしまえばよかったと後悔しています。ボランティア精神がない自分なので、こういったことは本当に迷惑です。
広報平日の作業になることが第一なので死仕事の都合をつけないといけないのがネックでした。仕事を休んで参加しなければならないので、参加する人もいれば全く参加しない人もいます。個々に連絡を取り合って作業をおこなう部署もあれば部長が全て連絡を取り合い段取りを組みと全てしてくれるところもあったりとまちまち。とにかく部員よりも部長クラスの役員の方が大変。夜の会議もあり家庭の事もできない。子供を預けるところもない。そんな人には絶対的に家族の協力が必要となる。しかし家族のいないシングルマザーの人でも平等にえらばれてしまうので逃げれる状態ではない。仕方がないと割り切るか、徹底的に何を言われても参加しないかのどちらかの人が多いと思う。部長クラスになると2年の縛りがあり、1年では終われないのも重要。PTA総会の司会なども務め資料作成も学校行事もすべて運営も任される。最近はPTA活動が中止との学校も増えてきているようだがその点は子供の事を考えると中止は少し違うと思う。中止となれば運動会などの協力、音楽会の運営なども誰がするのか?といった点が残ると思うのでやはり役員は必要だと思われる。役員をしていてよかったことは子供の様子が間近で見れる事。これは一番得した気持ちになった

 

 




 

小学校のPTA役員決めのトラブル【PTA会長、副会長】

役員トラブル(仕事内容)
児童福祉会会長小規模(100名程度)の学校で、役職がたくさんあるためほぼ毎年何かしらの役員が当たるのがまず大変でした。まだ一緒に活動するメンバーが良ければ御の字ですが、全然知らない方ばかりだとすごく気を使います。更に今児童減少に伴い役員の数を減らしているのですが、途中でフェイドアウトして、来なくなる人が数名いると残った人ばかりが割りを食らう状態になってくるのが辛い。いろんな年齢層の保護者さんがいるのですが、私は子供が出来るのが早かった為、学年は上ではあるけど、役員内で最年少で、保護者さんとの立場的に色々気を使わないといけないことが多かったです。その中で仕事しないで文句ばかり言う人がいると最悪で、でも年上だからすごく注意しにくい。また住民自治協議会との絡みもあり、子供たちだけのことではなく、敬老会に駆り出されたり、自治協の会議にも多数行かなくてはならなくて、役員になった年は夜開けないといけないことがしばしばでした。今の時代仕事している保護者さんがほぼなので、なかなかご老人の方々の時間に合わせた活動はしにくいなと思いつつも、断れず、何度か有給を取らなくてはならなくて、何のための活動しているんだろうって思うことが多々あり、非常に精神を使うことが多かったです。
PTA副会長とにかく出席する会議が多かったのと挨拶やPTA総会の議事進行など大切な役割が多かったのですが、勉強になったり若かったこともあり無事終えることができました。10年経った今なら大変だっただろうと思います。仕事や家事や育児で忙しい中活動に参加して下さってるのだと、挨拶する場面では感謝やねぎらう気持ちを必ず忘れずに言葉で表すようにしました。これはとても大切だったんではないかと思います。当時は子どもも手が離れるようになっていましたし、義両親が元気だったので行事などには安心して参加することができました。今は義両親の介護があるので出来ません。役員仲間、PTAの会員、先生方が皆さん理解のある方ばかりで特に大変な思いはなかったのですが、最後に次期の役員を決める際にはいろいろと苦心というか配慮しながら進める必要があったことが一番大変だったと思います。自分自身もは最後はくじ引きで選ばれて「私で大丈夫なのだろうか?」という思いをしながら役員になったので、丁寧に不安に思うことや家庭事情などを聴きとって進めました。良いかたに受けて頂けたのですが役員を選ぶことは本当に大変だなあ、と痛感しました。話し合いを進めるときは和やかに話せる雰囲気を作ることが大切です。
副代表集まりの回数が多く朝の挨拶運動からパトロール旗当番などを複数回こなさなければならず、その度に早退や遅刻をしなくてはならなくて仕事に支障をきたすところと、会議は夜に行われるので今度は夜の仕事を欠勤しなければならないところは特に辛かったです。また会議には子連れではいけないし、決め事が決まらなければ夜遅くまで話し合わなければならなかったり、肝心の話し合いも具体的にどのようなことをしたらいいのかがわからないまま話が進められていくから、自分が出席出来るのか、やりきれるのかが分からず答えづらい事が多かった。お互い様だとは思うがせめて内容の共有がもう少しうまく行くといいと思う。役員を決めるのも元々は会計監査をしていた人自動的に次期母代になると聞いてそんな横暴な…と思っていたら私が役員をする年から変化があってそこは少し改善されたのかな?と思うが、結局話し合いでは纏まらずあみだくじで決めることになってしまったので残念だった。動員される講演会や行事もこれは子供のために必要な事なのか?と尋ねられたらそうです、とは言い難いものも多くて活動に意味をあまり見出せなかったせいで余計に辛かったんだと思う。児童数も少ないせいでうちの学校は強制的に二年やらなきゃいけなかったので長かったです。
育成会会長役員を決める際に入会している子供の人数が減ってきているので役員をする子供の学年が下がってきている。なので一度入会したら余程のことがない限り退会するのは難しいのが現状。高学年で退会すると言う保護者がいたがかなりひんしゅくをかっていた。廃品回収が収益になっているので年間5回はやらなければならず大雨の中の回収作業はかなり辛いものがあった。子供たちにとってはとても楽しくて良い経験になる行事ばかりだったがそれを準備して、段取りして、子供たちを取りまとめるのはとても大変なことだった。高学年は手伝ってくれたり自分たちのことは進んでできるが低学年は役員が面倒を見なくてはならないので低学年の子供が多い地域は役員の負担も大きくなる。会長となるとほぼ毎月開催される会長会議に出席しなければならなかったり、行事の際は仕切らなければいけないので、性格的に向き不向きがあるかもしれない。自分の場合は全く仕切ることが下手だったので他の役員さんに助けてもらうことが多かったです。今の保護者は働いてる方が多いので平日育成会の仕事をやるのは働いていない役員が動いていたので何とか出来ましたがフルタイムで働く保護者は平日遅くと週末に動くしかないのでかなり忙しそうでした。一緒にやる役員さんとの関係が上手く行っていて協力的な方たちであれば1年間何とか上手くやっていけると思う。協力的でなかったりした場合は育成会もうまく回らないかもしれません。役員同士の関係も大事かと思います。

 

小学校のPTA役員決めのトラブル【学年委員】

 

役員トラブル(仕事内容)
学年部部長まず、奉仕作業が5月と6月、8月と9月の4回もあることが変だと思いました。最近は暑くなっているので、特に8月と9月は暑くて大変でした。私はマンション住まいなので、草取りの経験があまりなくて、道具の種類から分からなくて、恥ずかしい思いをしました。次にバザーもあるのですが、ものを売ったことがないのでどうすればいいのか分からなくて、主人に聞いたりもしました。仕入れも主人と一緒に行ったりして、どのように仕入れるのか学びました。バザーの準備や当日の運営や片付けなどで5ヶ月前から準備するのですが、終わったときはくたくたでした。次はワードやエクセルができなかったことです。半年前から勉強して、役員中も子供などに聞いたりして基本はできるようになりました。次は学年部が24人もいるので連絡方法をラインにしたのですが、それも使い方が分からず、子供などに聞いたりしてできるようにしました。次は6年生の先生のお礼が先生に内緒で行動するのが大変でした。先生のお礼は必要なのか、不思議に思い、会長や副会長に言ったこともありました。次は副部長が途中でけがをしたため、一人でやらなくてはいけなくて、分からないことが多く、苦労しました。
学年委員会学年委員会とは主に学校行事のお手伝いをする役員で、運動会、給食試食会、持久走大会など様々な行事のお手伝いをします。運動会では朝から役員の人達が手分けをして学校周辺の駐車禁止の場所にカラーコーン、ビニールテープで禁止という事を示しながら駐車している車があったら移動してもらうように声をかけたりしなければなりませんでした。自分の子供が競技に出ているときはいなくて大丈夫ですが、駐輪場の整理整頓もしたりします。給食試食会では自分でパソコンを使って案内状のようなものを作りました。出席する人の名札を作ったり司会進行もやったりと、結構忙しい感じでした。持久走大会では寒い中、朝からコースの確認をしてゴミ拾いをしたり旗を持ってコースの案内をしています。クラスからボランティアの人が出てくれるのでその方達のためにちょっとしたお礼としてお菓子を購入してプレゼントしたりしました。あとお雛様の飾り付け、片付けもやりました。ボランティアをどの場所で待機させておくか(自分の子供のスタート時間などの被りはないか。など)気をつけながら考えなければならないし、それは大変でした。学校の色々な会議にも出席しなければいけないし、仕事もしていたのでなかなか休みの関係もあって大変でした。
学年委員職場の同僚からきいた話がなかなか壮絶だったので紹介します。職場の同僚の子は小学1年生。その小学校では高学年になるほど責任が重く、役員を2年務めると今後は免除になるそう。そのため、入学後早速いとこと一緒に立候補しました。しかし、いとこは落選。全く知らない方10名と役員を務めることになりました。しかし、その10名は同僚とは別の幼稚園出身。同じ幼稚園出身で役員をかためようと結託していたそうです。そこに、保育園出身の同僚が入ったものだから怒り心頭。裏でグループラインを作っていたそうです。さらに、しんどいのがなんでも非効率だそう。普段効率的な同僚からみると、専業主婦ばかりの話し合いは非常に非効率でイライラするものでした。まず、メモの準備すらしていない人がいる。記録を取っておくのは基本でしょう。そして、役員の中で長を決めるのに、長を決める「くじ」をひく順番で決めるだけで30分以上話し合い。非常に無駄だと感じたそうです。学校をよくするため、子供のためのPTAのはずなのに、夜遅くこどもを一人で留守番させて無駄な話し合い。他にもバザー用のおかしを買い出しにいく人を決めるだけで、また数時間。ネットでバザー用お菓子を買ってしまえば、たった5分なのに。来年は気の合う人をもっと引き入れるとかたく決意していました。
学年委員子供が通う小学校では、5年生でPTA副会長をし、6年生で持ち上がりでPTA会長になります。その副会長の選出は4年生の時に行われます。そのお手伝いをするのが学年委員です。そもそも学年委員は保護者からの推薦投票で決まります。私が4年生で選ばれたのです。学年委員は2人でします。副会長の選出のお手伝いは、とても大変でした。保護者の皆さんは大人しく、立候補してくれる人は居ない学年なので、学年部会を開き決める事になりました。その部会の司会はもちろん学年委員の仕事です。人前で話すのが苦手な私にとって、苦痛でしかありませんでした。この学校では毎年、この決め方で選出しているのですが、毎年何かしら揉め事が起こっていてスムーズに決定したことはありません。そのため、学年部会までに色々と計画を立てて、揉め事が起きないような選出の仕方を考えました。皆それぞれ考え方が違うので、どの方法でも文句が出る可能性はあります。それでも色々なパターンを考えました。部会本番では、大した意見もなく、立候補も推薦もなく選出出来ないまま終了しました。その後、投票という形で一位の人に決定し無事に解決したのですが、ほんとうに大変だと実感しました。
学年副会長学年のことをするだけ…のイメージがありましたが、現実はあまくありませんでした。元々、田舎の小規模学校が国の開発事業によって急に大きくなった地域のため「先住民」と「新住民」のものの考え方が違いすぎる地域構成になりすぎていることも原因で「どんぶり勘定」「なあなあ」でことが済まされてきたような部分が多かったっです。まず、手をつけたのが「なぜか?」過去に遡っての「帳簿のさくせい」でした。適当にノートにレシートを張っただけのお小遣い長以下の代物を複数年使いまわしていただけ…結果、あるべき「剰余金」がないとか、残されている備品がないとか、「本来業務じゃない!!」と叫びが上がることから始める始末でした。おかげで、その年の全校の行事は「なんちゃって国際交流」に落ち着きました。田舎の弊害、嫁が来ないから国際結婚のせいか、海外のお嫁様が多数いたことに着目しました。中国、フィリピン、中南米、タイ…私は、新興住宅側の人間で、本来は先住民の方々に嫌われるはずでしたが、仕事柄、地元の高齢者や会社経営者に可愛がられていたこともあり、逆に協力をしてもらえ、その年は、フィリピン出身の方にソールフードを教えてもらって、みんなで作り食べ、語り合うことにしました。それまでは、同じ国の方とのコミュニケーションしか取れない、どうしても孤立しがちになっていた部分をつなげて新しいつながりができましたと地域からもいわれました。ただ、この会を行うにあたって、周りの温度差。協力体制に泣かされました。小さな学校だからこそもっと、皆さん協力をしてほしかったし、自分多たちで変えていこうという思いをもってほしかった。
学年学級委員大変だったのは2つあります。1つは、月に1回から2回集まる事でした。子供が学校へ行っている時間帯に2時間くらい役員会がありました。役員会では発言もしなければならないので、人見知りの私には苦痛でした。2つ目は、学校のイベントの役員に着くことでした。特に運動会で地域のお偉いさんや、町内会の婦人会の方が座る場所の接待です。お茶を入れたり席をとったり、理不尽な扱いを受けたこともあります。また、子供の写真を撮るため、前に陣取ってる親御さんを子供の演技が終わったら別の親御さんと入れ替えたりも大変でした。自分の子供が走っている姿を撮影できないので申し訳なかったです。運動会が終わると片付けがあり、子供より遅く帰ることになります。自分も立ちっぱなしで疲れるので、帰ってきてから夕飯を作るのは大変でした。1人の子供に対して2回は役員に着かないといけないので、同じ学年学級を2回やりました。なので、2年生と4年生の運動会の写真はありません。仕事や介護で1度も役員に着かない親御さんもいていまだに納得できません。自分が小学生の時は、親が競技に参加する程度で、役員なんてありませんでした。外部に頼むとか他に方法があれば助かります。
学級会長子供が2人いる場合は、小学校と幼稚園又は小学校の低学年と高学年、小学校と中学校で重なる事を考えないと、重複してしまった時はとても大変です。更に学校の役員以外にも、住んでいる自治会でもPTAの役員選出があります。学校の場合は、ある程度の人数がいますが、住んでいる自治会の方は、地区によっては、児童の数が少なく、いつも役員をやっている人もいました。ベテランの担任の先生だったので、クラスもまとまっていたし、参観日後の保護者の学級会の運営も、当日の簡単な事前打ち合わせだけで、先生方資料を準備してくださり、保護者の名札も作ってくださったのでとても助かりました。学級の方は、気心の知れた同級生の保護者で、打ち合わせも容易でした。しかしながら、各学級長が集まる学級長会となると、考え方に温度差がありました。学校行事のお手伝い的な作業が多く、先生と上手にお話が出来ない方は、大変だと思います。年間行事表を把握していないと準備の段取りにてまどってしまうでしょう。お子さんが保護者が役員をしているのを理解し、おたよりをきちんと渡したり学級内や先生の様子を教えてくれると安心です。そうでない場合は、小さな火種に気づかず、学級懇談会が他のクラスに比べ長引いてしまいます。一番困ったのは、給食費の未納問題でした。まだ現金で集金していたので、先生にもご相談をし、解決しましたが、保護者が担う役にしては、心労がかさみました。

 




 

小学校のPTA役員決めのトラブル【厚生委員】

 

役員トラブル(仕事内容)
厚生委員長小学校になるとフルタイムで働いている方から専業主婦の方まで様々な方がいて年齢層も幅広くなるため色々な考え方、役員に対する姿勢の方がいる。かといって役員の仕事に偏りがあってもいけないので平等にお願いするのですが、怒られたりすることもあった。結局は仕事ではないので引き継ぎ資料に関してもマニュアル的なものはなく1年間手探りでただこなして終わるだけで改善点等は1年やってみないと分からない。働くお母さんたちが増えている中でどこの役員も限界がきているのではないでしょうか?みんなで学校のために…と志しばかりうたっていないで現実的に本当に必要なこと必要ないことを見極めていく時期に来ていると思います。安く済ませたPTA会費を払ってなおかつボランティアで自分のパートを休んで手伝うならPTA会費値上げしてもらってどこかの企業にでも委託したいです。ベルマーク活動に参加しましたが、お母さん達20人ほど集めて午前中2日間。それで集まったベルマークの金額は3万円。2日でこの20人がパートを休んだ分の時給の合計を休んで考えたらバカらしいと思います。講習会、親の教育プログラム等教育委員会、市、県から各学校に人数が割り振られ、参加します。サクラを集めてさらに市や県で役員の仕事を増やすのやめてもらいたいです。午後に講習会があるものも多く、せめて子供の学校にいる間に終わるように出来ないのでしょうか?小学校間で役員の仕事内容、負担に違いがあるのも困ります。学区制度を設けているなら偏りがないようにしていただきたいです。義務教育ならもう少し親の負担をなくしてもらわないと子供も育てにくい、働きにくいです。
厚生私のお世話になった小学校は年度末になると役員の希望を書いて提出します。役員をやる、やらないではなくてすでに何の役員をやるかを書くのです。やりたくない数人が提出しない場合は、直接電話して勧誘や説得をします。この作業を最後に次年度の役員に引き継ぎとなりますが、これこそ一番大変でツラいのです。決まらない時は自宅へ電話を入れます。しかし、学校からだと察したお宅は居留守を使います。本当に決まらないと段々面倒になって「私、2年目やらせていただきます」と名乗り出る人もいます。またはギブアップと言うことで後日クラス担任の先生から一人一人に連絡と勧誘をしてもらいます。そして本業の「厚生委員会」はお馴染みベルマークの仕分けと発送作業と運動会当日に飲み物やかき氷の販売をします。ベルマークの仕分けは季節ごとに4回学校の空き教室を借りて行います。委員長のお母さんも賢くてとても良い人で作業も和気あいあいとして楽しかったです。ハッキリ言って役員はその年のお母さん達の顔ぶれで楽しくなるか、ツラくなるかが決まります。あと基本は余程の理由がなければ作業の日は休まない、休むなら連絡を入れる事。そしてみんなと同じ作業が出来る事です。休みがちな人、毎回遅れて来る人は信用が落ちます。これは社会人としての基本なので普通にしていれば当然信用がついてきます。

 




 

小学校のPTA役員決めのトラブル【ベルマーク委員】

役員トラブル(仕事内容)
ベルマーク委員6年間のうち一度は役員をしなければならず、先生にお願いされて役員になりました。仕事を持っており、気乗りはしませんでしたが毎回参加しなくても良いということで応募しました。まず役員会の時間ですがしがくということもあり、基本お昼間の中途半端な時間スタートです。午前休、午後休を取るのも中途半端で結局1日休まないといけないことが大変でした。職場の理解も得ないといかず、仕事も調整しないといけないので。また、不参加でもいいと聞いていましたが、そのような雰囲気ではなく、専業主婦や自営の方も多かったため仕事なので欠席させて欲しいと言える空気でもありませんでした。委員はベルマーク回収の仕事が回ってきて事前に大変と聞いていましたが、みなさん協力的で、顔の広い方も多かったのでさほど大変とは思えませんでした。役員の方の雰囲気もそんなに悪くはなく、仕切りたい方が勝手にやってくださったこともありとりあえず参加していればよかったです。顔見知りも増えました。ただ、仕事の調整も大変でしたし会の開催数も思ったより多く、早めに済ませておいて良かったです。来年やりたくはありませんが、時間に都合がつく方でしたら楽しくやれるかと。役員は希望制と意見も多いので、ぜひそうしてもらいたいです。
ベルマーク委員各学年から1名の6人態勢の役員でした。基本的に、ベルーマークの集計のための手紙を出す、集める準備をする、回収する、ボランティアさんを集めて集計するまでの流れが年5回ほどありました。また、それ以外にも運動会、式典、などのお手伝い(受付や見回り)とバザーの出し物を考えて実行する役割もありました。(年5回)あとは外部の講習に参加、町内パトロールということもありました。委員長と副委員長は、毎月運営委員会の参加も必要で、逐次役員への連絡、調整など仕事は多岐にわたります。この委員は人数が少ないため、日程と人の調整が一番大変だったかと思います。お仕事をしている方と半々だったのですが、委員長が多忙で、連絡がうまくいかないことが多く、3役さんに怒られることも多かったかと思います。バザーの際の出し物は、こちらがやりたいことと、3役さんが求めるレベルがなかなか合わず、結局3種類やることになったのですが、人数が足りず、当日めまぐるしく全員が働くということになりました。感じたことは、委員長は調整が上手な人、スケジュールを見通せる人がやるべきです。また、冬の時期は子供が体調を崩すことが多く、本当に人の調整が大変なので、年間のスケジュールを最初に考えたほうがいいと思いました。




小学校のPTA役員決めのトラブル【その他の役員】

役員トラブル(仕事内容)
書記、監査私の場合、息子が小学校3年の時に学級でくじを引いて当たったらしく後日、当時の本部役員さんから連絡がきました。その瞬間からもうこれから地獄だなって(笑)まず平日の夜に役員会議があったりする時は私の場合、離婚してたので下の娘がまだ保育園で家においていけないので一緒に連れて行かないといけなかったり、運悪く役員決めのくじでも私が仕事で行けない為、代わりに余った役員でいいと言ってたんですが余ったのが1番大変な本部役員でした。そのために普通の全役員の会議と本部役員だけの会議もあったりで月に何回かあった時もありました。会議は夜が多くて他の役員の会議がある時はその会議が終わった後、本部役員だけの少し会議があったりもしたので始まりが遅いと23時くらいになった事もありました。その他も行事がある時は他の役員さんよりも朝早く行き、用意をしたり自治会さんのお茶出しをしたり。家庭の事情で無理言って休むのも今の時代、共働きが多いのであまりできず出来る限り参加はしました。その代わり年に1度県内の白浜とかに講演会を聞きに行ったり、市内の小学校PTAの本部役員同士の交流もありその時は美味しいお料理やお酒などいただけて大変な事もある中息抜きみたいな感じで楽しめた事もありました。
クラス役員子供が3人います。それぞれで役員さんをやりましたが、役員さんをやっていて1番大変というか嫌なことは、幼稚園の時に1度役員をやると、ほぼほぼそのまま小学校中学校の役員が決定する感じがまず嫌です。1度もやらずに終わる父兄さんもいる中、何度もやらなくてはならないのはどうも腑に落ちません。1番大変なのは、次の年の役員決めです。クラス替えがない時は特に。役員決めの懇談会の出席率の悪さといったら酷いものです。何人も子供がいれば、それこそ何度も経験して、いつも顔ぶれは一緒でした。学年行事を考えたり、段取りしたり。何もやらない人がいちいち文句を言ってみたり。あまりにいつもと同じ人しか懇談会に出席しないので、長女の時には、今まで1度もやっていなかった人から選ぶようになりました。全戸に名簿を渡してやって欲しい人に丸をつけて先生に渡して、後日役員さんが集まり、先生と一緒に集計をして、次年度役員を決めるようになりました。それでも、やっぱり何度も選ばれることはありましたが、前にやっていたので、お断りをしていました。高学年になるほど、役員の仕事大変!ということは聞いていたので、私は低学年のうちに役員を終わらせました
バザー役員バザーに参加したこともない中、副委員をやることになってしまって大変でした。役員は毎年メンバーが変わるので、何をすればいいのか分からないまま副委員長を引き受けてしまい、本部の方たちに文句を言われ、上級生の母たちからも文句をいわれ、地獄の役員でした。バザーの出店のお店、仕入れ、調理、販売、集計、片付けまでがバザーのしごとです。去年の資料を見ながら出店のメニューを決めて、人を割り振るのが一番大変でした。いい大人があの人とは組みたくないと言ったり、この人とじゃなければ嫌だと注文が多く、1人2人の調整がうまくいかなかったです。そこからはグループ活動になるのですが、本部の方に意見を言っても却下されるとの苦情があり板挟みになりました。本部がダメということは覆せないのでフォローしてなだめるくらいしかできません。段取りが悪いといわれても、こちらも初めてなんですと言い返すしかありませんでした。仕事を休んだりして参加している方が多いのでけっこうみんな殺気立ちます。私もそうなので気持ちはわかりますが。正直、もっと縮小してやってもいいんじゃないかなと思っています。先生方も休みにわざわざいらっしゃっているようなので、ブラックだと思てしまいます。
プール監視部春、じゃいけんに負けてしまい、プール監視部の部長になりました。保護者会の前に6年のプール監視部で今までの引継ぎや、全校生徒保護者のプール監視部の集まりの準備に、夜の19時から21時位まで何度か行き、家に子供を放置していました。夏休み前には、体育館でのAED講習や、夏休みのプール開放日に必ず出席し、保護者でプールをまんべんなく囲い込み事故のないように監視をしました。自分が小学校の頃、若しくは平成になるまでは確かプール監視も数人でよかったと思います。都会でない小学校というのもあたのか、一人一役で、やはりどの役員も夜の集会があり、母子家庭の方には理不尽なシステムだと思っていました。決して過疎だからというわけでもなく、800人はいる小学校で一人一役は相当面倒な集まりでした。また、PTA総会にも熱心で、全国大会にも力を入れていたようでした。子供の為なのか、大人の為なのかよくわかりません。今は夏休みのプールもプール監視部もないようです。また、新聞部なんかもあり、原稿を学校区ではなく、車で20分以上、若しくはバスで1時間くらいかかる業者にもっていかないといけない。とか、パソコンやプリンターありきでの活動なのでほんとに大変でした。
地区委員まず学校の側がお願いする仕事をする役員とは違い、その学校の保護者や地域の方の相手をする仕事だったのでマニュアルといったものはあるのですが臨機応変に対応しなくてはいけないので大変でした。通学班については、4人以上8人以下で作るのですが、やはり一人一人の要望を考慮しなくてはいけないので転入転出の対応とともに班構成を確認することがすごく大変で気をつかいました。ある人は○○君とは一緒にしないでくださいと言ってみたり、うちの子は班長にしないで欲しいと言ってみたり、子供の対応というより保護者の対応に手を焼きました。また、通学路を変えてほしいと無茶なお願いをされ、教頭に相談したりとまるで仕事のように学校に通う日々がありました。もう一つは地域のおじいちゃんおばあちゃん主催の学校行事のお手伝いなのですが、これはおじいちゃんおばあちゃんの時間の使い方に慣れるまで大変でした。お雛様を学校に飾るだけなのに、まずお雛様をどちらに置くかで30分悩んでみたり、どっちでもいいんじゃないと言えない空気で毎回30分で終わるような作業でも2時間ぐらい拘束されてしまいます。また行事についても、詰めが甘く当日アタフタすることが毎回で最後はこちらが司会進行していました。
校外部私は校外部を息子が小学4年生の頃に引き受けました。初めての子供の役員だったので、どんなことをするのか不明でした。そのため、役員を決めるために学校に集まった際、知り合いのお母さんや先輩でママ友に役員はどんなことをするのかを、校外部を含めていろいろな部の説明を聞きました。学校の役員になると、まず、運動会の際、役員として仕事をしなければなりません。そのため、自席に座りビデオを撮影したり、写真を撮ったりはしにくいとのことでした。しかし、子供がいない為、誰かがやらなければ、行事は成り立ちません。結局、息子が小学生の際は役員を2回やることになりました。校外部を引き受けたのですが、どんな仕事内容かというと、月に1回、黄色い旗を持ち子供たちが登校する横断歩道に立ち、登校を見守るというのが主な仕事でした。月に一回なので、たいしたことはないかな?と思っておりましたが、朝、子供たちが登校する時間に横断歩道付近で見守ることは、生活上、結構、厳しかったです。下の娘が生まれたばかりだったので、目を離せません。主人も朝早くから仕事に出てしまうため、月一回の見守りの際、下の娘を連れて行かなければならないことが大変負担でした。雨の日でも、一緒に連れて行かなければならず、風邪でもひかないかと、心配しながら、子供たちの登校を見守りました。結構大変でした。
保健委員小学校3年生と1年生が在学中に3年生のクラスで役員をしたのですが、まず驚いた事は上の学年で役員をしていても、下のクラスでも何かしらのお仕事をしなくてはならない事です。しかも私の場合小学校1年生の次女が入学してすぐに入院することになってしまい‥子供の入院には親の付き添いが必要ということも重なっててんてこ舞いの忙しさな中、病院に行っても役員通達の電話がかかってきたり、1年生のクラスでのお仕事のお知らせ電話がかかってきたり‥、ボランティアでの学校業務のお仕事に何ゆえここまでしなくてはならないのか?と疑問に思いました。さらに未就園児も抱えておりましたので、東京都の緊急保育園制度を利用して、三女は緊急一時保育に預ける事になり、その時をしのぎました。ただ幸い私の場合、ご一緒に活動させていただいた保護者の方が大変良い方達だったということがせめてもの救いでした。幼稚園役員の経験もありますが、小学校の役員を受けるにあたっては、ご一緒に活動していけ保護者の方の質につきると思います。それぞれの得意分野を発揮して出来る事をされたら良いのではないかと思います。前年の慣習などにとらわれず、その時参加出来る保護者が出来る事をしていく、ので良いのではないかと感じました。あくまで、ボランティアなのですからと思います。